YURARI / 夜の映画室 / 陽だまりの彼女

ざわざわした
夜に、純粋な恋を見た。

海辺を自転車で走る浩介と真緒

自分にちょっとだけ、静かな時間をあげたかった。

仕事のことでも、人間関係のことでも、特別に何かあったわけじゃない。ただ、頭の中がざわざわしていて、早く寝ようとしても目が冴えてしまう、そういう夜だった。

こういう夜に、スマホを置いて、映画でも見ようと思った。そうして選んだのが、『陽だまりの彼女』だった。

どんな映画?

『陽だまりの彼女』は、越谷オサムの同名小説を原作にした2013年の日本映画。

広告代理店に勤める奥田浩介(松本潤)は、ある日の商談で、中学時代の初恋の相手・渡来真緒(上野樹里)と10年ぶりに再会する。

中学生のころの真緒は、勉強も運動も得意じゃなくて、よくからかわれていた女の子だった。そんな彼女をかばったのが浩介だった。江ノ島の海沿いで、一緒に勉強して、笑って——青くて甘い恋が少しずつ育っていった。でも浩介は突然引っ越すことになって、そのまま離れ離れになった。

10年後、ふたりはもう一度恋をする。でも、真緒にはある秘密があった。

駅のベンチに座る浩介と真緒
海を背景に南京錠の前で向き合うふたり
温かいのに、どこか切ない。映画全体が、秋の夕方のようだった。

湘南の空気感

この映画を語るとき、舞台のことを外せない。

江ノ島、湘南の海岸線、風に揺れる木々、やわらかい光——映画全体の色調が、秋の夕方にそっくりだ。温かいのに、どこか切ない。明るいのに、少し寂しい。

一緒にかけた南京錠、一緒に聴いた古いレコード、一緒に毎朝使った洗面台の鏡。ふたりで共有した「場所」と「もの」が、ラストに向けてじわじわと意味を持ってくる。

恋愛って、特別な瞬間じゃなくて、日常の積み重ねなんだな、と思った。

温かな光に包まれた真緒の横顔
そばにいるだけで、世界が少し明るくなるような人。

上野樹里という存在

この映画を見ると、上野樹里じゃなきゃ真緒じゃなかった、と確信する。

ちょっとおっちょこちょいで、でも不思議な透明感があって、陽だまりの中の猫みたいにぽかぽかしていて。そばにいるだけで、世界が少し明るくなるような人。

真緒が笑うたびに、画面越しでもこちらの心がほどけていく感じがした。かわいい、という言葉だけじゃ足りなくて、なんというか——光っているのだ。

中学生時代を演じる葵わかなもよかった。大人の真緒と同じ「陽だまり」の空気を持っていて、同じ人物だとちゃんと信じられた。

愛は「そばにいること」だった

この映画には、「愛してる」という言葉が一度も出てこない。それなのに、全編を通して「愛」がちゃんと伝わってくる。

午後の光の中で寄り添う浩介と真緒
なんでもない時間が、いちばん愛しかった。
朝
一緒に歯を磨いて、鏡を取り合って笑う。
午後
陽差しの中で、浩介の腕を枕にして眠る。
夜
ベランダでビールを飲みながら、他愛もない話をする。

そういう「なんでもない時間の積み重ね」が、愛だった。言葉より、ただそばにいることの方が、ずっと長い告白だったんだと思う。

10年という時間

教室で向かい合う中学生の浩介と真緒
水族館で向かい合う大人になったふたり
過去の恋と現在の恋が、ひとつの時間として重なっていく。

この映画は、現在の浩介と真緒、そして中学時代の回想が交互に描かれる。

面白いのは、「過去の恋」と「現在の恋」が別々に見えないところ。中学時代の浩介が真緒を守るシーンを見るたびに、大人になったふたりが重なって見えてくる。

あのとき始まったものが、10年の時間を越えて、ちゃんとここまで続いていたんだと——それだけで、じんわり泣けた。初恋って、終わらないこともあるんだな、と思った。

ここから少しだけネタバレ

ラストシーンの、あの涙

映画のラスト近く、浩介がひとりでバーに座っているシーンがある。

同僚にからかわれて、「結婚は?」と聞かれて、「奇跡を待ってる」とだけ答える。そのとき、The Beach Boysの「Wouldn’t It Be Nice」が流れてくる。

レコード店でヘッドホンをつけて音楽を聴く真緒
ふたりの時間に流れていた音楽。(レコード店の場面)

浩介は、その曲を聴いたことがある気がする。でも、なぜだかわからない。誰と、どこで聴いたのかも、思い出せない。それなのに、涙が出てくる。

忘れても、涙は覚えていた。

「なぜ泣いているのかわからない涙」というのが、人間の感情の中で一番悲しくて、一番美しいと思った。

体は忘れても、心のどこかはちゃんと覚えている。愛した記憶は、消えてなくなるものじゃないんだと、あの涙が教えてくれた気がした。

ざわざわした夜に、見てほしい

この映画は、誰かと一緒に見るより、ひとりで見た方がいいと思う。

忙しい日々の中で、頭の中がうるさくなったとき。特別に何かあったわけじゃないのに、なんとなく落ち着かないとき。そういう夜に、自分のためだけの時間として、この映画を見てほしい。

温かい飲み物を用意して。電気を少し暗くして。スマホを遠ざけて。

しばらくは「よかったな」という気持ちと、一緒にいられる。そういう映画です。

印象に残った言葉

日本語字幕をもとにした意訳です。字幕版によって表現が異なる場合があります。

愛について

あなたに再会できて、恋をして、結婚できて、本当に幸せだった。

どこかでお互い生きよう。それでまたいつか、新しい輪っかを作ろう。

この世界に来たのは、あなたに出会うためだったのかもしれない。

時間と記憶

忘れても、涙は覚えていた。

10年たっても、あのときの気持ちは、ちゃんとここにあった。

日常について

特別な日より、なんでもない朝の方が、ずっと好きだった。

一緒に鏡を見て、一緒に笑って。それだけで、十分だった。

作品情報

作品名陽だまりの彼女
公開2013年(日本)
原作越谷オサム『陽だまりの彼女』
出演松本潤、上野樹里、北村匠海、葵わかな
ジャンル恋愛、ヒューマンドラマ
視聴配信サービスの最新情報をご確認ください